大阪 梅田と東京 自由が丘の爪を育てる自爪ネイルケア専門サロン「育爪サロン ラメリック」 育爪式深爪矯正はジェルやスカルプで長さ出ししません

育爪ストーリー

はじめまして

嶋田 美津惠はじめまして、ラメリックの嶋田 美津惠(しまだ みつえ)です。

私が初めて大阪にラメリックを開業したのは、今から 23年前の 1993年のことでした。

開業前の 1年間のネイリスト時代も含めると、2016年現在で爪のお仕事を24年間させていただいています。

現在は、大阪と東京で育爪をコンセプトとした手足の爪のお手入れと、育爪の実技レッスンを提供しています。

育爪(ikuzume)とは

素爪クリアネイル育爪(いくづめ、ikuzume)とは、爪の外側を飾るのではなく「爪を内側から育てる」というコンセプトのネイルケアです。育爪を逆から読んで、爪育(つめいく)とよんだりもします。

爪はお肌と一緒で、適切に健康管理された状態であれば、色を塗ったり、付け爪で形を変えたり、デコレーションで飾ったりしなくても、そのままでも十分に美しいんです。

自分自身の爪…自爪、素の爪、地の爪、生の爪など呼び方はいろいろありますが、自分の爪そのものが健康であれば、手の爪でも足の爪でも、色は血行の良さからピンク色に、形は緩やかなアーチを描いた立体的な形に、表面は自然なつやで光を反射して優しく輝き、しっとり潤ったみずみずしい指先になります。

育爪は、栄養が爪先まで行き届いた、健康で美しい爪をお客様と一緒に育てていきます。

爪の形は生まれつきではなかった

爪の形私が 27歳のとき、ふとしたきっかけで知人に頼まれ、ネイルスクールに行くことになりました。

私はそれまでネイルに全く興味を持っていなかったので、爪切りで白い部分を全て切っていて、かなりの深爪でした。

スクールに通うためには爪を伸ばす必要があると言われ、今まで伸ばしたことのない爪を泣く泣く伸ばすことになりました。

爪が長くなったので折れないように指先を使っていると、いつの間にか指と爪の間がくっつき、深爪だった指が変わっていきました。

それまでは、爪を伸ばしたらゴミが入って気持ちが悪いとか、とても不衛生だと思い、爪を伸ばしたくなかったのです。

しかし、実際には、ピンクの部分のお肉が伸びるとゴミが入るスペースもなく、逆に衛生的だったんです。

スクールが終わってネイルサロンに勤務するころには、立体的で美しい形の爪になっていました。

今思えば、そのときに感じた、「自分以外の人でも爪の形が変わるのでは?」という思いが、ネイルを掘り下げて学びたくなった原動力かもしれません。

ネイルカラー中毒

ネイルカラー中毒今でこそ、ネイルカラーなどの爪を飾るサービスは提供していませんが、ラメリックの初めの 10年間は、「付け爪なしで爪の形が変わる」というコンセプトのもと、ネイルカラーもしていました。

手先が器用で細かい作業が好きだった私はこの仕事にのめり込み、お客様の爪のお手入れが大好きで、やればやるほど、ネイルカラーの時間も増えていきました。

しかし、開業から 10年後の 2003年、突然、身体の異変に気付きました。

今まで使っていた化粧品がヒリヒリして使えなくなったり、今まで食べていたもので体調を崩したり、今まで着ていた化学繊維の服が、かゆみで着れなくなりました。

様々な病院で診察を受け、精密検査をしてもらいました。

しかし、原因は一向に分からず、頭痛、目まい、息苦しさ…と症状が日に日にひどくなっていきました。

ある時、北里大学病院のことをお客様が教えてくださり、診察と精密検査を受けると、「化学物質過敏症」と診断されました。

聞いたこともない病名でした。

(あとで知ったことなのですが、シックハウス症候群を繰り返した人が行き着くのが化学物質過敏症ということでした。)

なんと、私が毎日塗っていたネイルカラーの中に、色を爪に定着させる働きをもつ「トルエン」という毒性の強い有機溶剤が入っていたのです。

それが揮発して私の口や鼻を通じて肺に入り、肺から酸素などと一緒に血液に取り込まれて全身に廻り、私の身体はじわじわとむしばまれていたのです。

化学物質過敏症

化学物質過敏症私の身体は次第に免疫が機能しなくなり、口の中や鼻の中、体中の粘膜という粘膜から、頻繁に出血しました。

右目の奥もひどく痛み、視神経が麻痺して目の上下運動が出来なくなっていました。

トルエン中毒になると神経細胞が変質し、さらに進むと免疫機能も失われる、ということを医師から告げられました。

死を覚悟して仕事を続けるか、仕事を辞めるか…健康を失った私に選択肢はありませんでした。

今まで積み上げてきた技術を捨て、今まで自分を応援してきてくれたお客様とお別れしなければならないことが分かり、私の心はズタズタに切り裂かれました。

そして、医師の「完治した人を見たことがない」という言葉に、私は、絶望しました。

しかし、完治とまではいかなくても、「今よりは回復するかもしれない。」

そういう楽観的な思いも少しはあったように思います。

でも、夜、お風呂に入っていると、自然と涙が出てきました。

「今まで自分がしてきたことを全部捨てて、通ってくれたお客様とお別れすることが、こんなにも辛いんだ…」

そう自覚できるほど大量の涙があふれてきました。

翌日も、その翌日も…

お客様とのお別れ

お客様とのお別れ結局、4日間、泣き明かしました。

すると、今まで考えもしなかったような「ひらめき」が、突然、降ってきました。

『先のことは考えずに、カラーリングを辞めてお手入れだけを続けてみよう』

2003年 8月 8日、最初に来た親子のお客様にそのことをお伝えすると、お二人は快く爪のお手入れだけを受けてくださいました。

その日、すべてのお客様に電話し、お詫びしました。

  • ネイルカラーができない身体になったこと
  • ネイルカラーのリスクを知らず、強力な換気設備なしで施術してきたこと
  • 今後は手足の爪のお手入れサービスだけをさせていただくこと

そういったことを、お1人お1人にお話ししました。

「知らずに施術してきたことを心からお詫びしよう」

電話で話せば話すほど、私の身体に起こった事実をお知らせしなければと、いてもたってもいられない気持ちになりました。

カラーを目的に来店されていた方は全て去り、それ以外のお客様だけが残りました。

スタッフも全員入れ替わり、お手入れだけを続ける日々が続いて行きました。

病気から生まれた育爪(ikuzume)

ある日、気付いたら、カラーをしていたときにあったトラブル…縦すじ、色素沈着、くすみ、乾燥爪、二枚爪、表面の亀裂…

それら全てがなくなり、私自身の爪も、生まれ変わったように美しくなっていました。

弾力とツヤがあり、白い部分が透明になった、自爪クリアネイルの誕生でした。

爪が丈夫になるようなお手入れ…

  • 低温で圧搾した植物油100%オイル
  • 爪の裏からオイルを塗る
  • 爪切りでなく紙製の爪やすりで爪をカット
  • 手袋をつけて作業をする
  • 爪を当てない指の使い方

これらを徹底していくことで、どんな爪でも、丈夫で健康な美しい爪になっていきました。

この事実をたくさんの人に伝えることが、ネイルケアの選択肢を広げ、結果的には私のような病気になる人も減らすことができるのでは…と感じました。

病気から 3年ほど経って、育爪は生まれました。

「付け爪もカラーリングもなしで、自爪を綺麗にできるネイルケアを広めたい」

そのメソッドに後から名前をつけたのが爪を育てるという意味の「育爪」(ikuzume)です。

病気から 10年経った今では、食べ物や生活習慣を変え、効果があると思われるありとあらゆることを試して、体調も改善してきています。

今となっては、化学物質過敏症になったお陰で「育爪」が誕生したので、病気にとても感謝しています。

あんなに苦しい体験をさせられた「化学物質過敏症」は、今では私の一生のお友達です。

しまだ みつえ

これまでの歩み

時期 出来事
1993年9月 付け爪なしで爪の形が変わるネイルサロン「ラメリック」を大阪・梅田に開業
阪急梅田駅前に開業した1993年当時のネイルサロン ラメリック

阪急梅田駅前に開業した1993年当時

1995年12月 ラメリック 東京・自由が丘店を開店
2003年2月 有限会社リラロータス設立(法人化)
2003年8月 ネイルカラーを辞めて自爪のネイルケア専門店に転換
2008年5月 マカダムユイールを新発売
2008年10月 「ikuzume」商標登録
2010年5月 育爪スクールMGを開始
2011年3月 産経学園にて育爪講座を開始
2011年8月 大手ショッピングサイトにて育爪オイルの通信販売を開始
2012年4月 「育爪」商標登録
2013年1月 NHKカルチャーにて育爪講座を開始
2014年6月 「爪育」商標登録
2015年6月 育爪ストア(通販サイト)を開店
2016年12月 「育爪のススメ」をマガジンハウスより出版
PAGETOP
Copyright © 育爪サロン ラメリック All Rights Reserved.
育爪, 爪育, ikuzume は有限会社リラロータスの登録商標です。