ラメリックは日曜日に吉祥寺アトレの中を歩いていました。
土日の吉祥寺はどこもかしこも混雑しています。
特にアトレのビル内はすごい人混みなので、買い物も用事も避けて、ただ通路として使うことが多くなります。
しかし、この寒い時期の混雑はラメリックにとって逆によいことにつながります。
なぜならば人が混雑しているほうが温度が上がるような気がするからです。
そういうわけで冬は必ず、好んで人混みのアトレ内を歩きます。
ショッピングをゆっくりと楽しんで歩いている人を、ラメリックはいつものように素早くかわしながら早足で歩いていました。
エスカレーターを降りかけた時、いつも出張を手配してもらう京王観光が視界に入りました。
その看板を見た途端、新幹線の時間を決めていなかったことを思い出しました。
翌週の大阪出張のツアー(新幹線とホテル)を予約していないなんて、今までで初めてだったので、少し焦りながら小走りで京王観光に向かいます。
そして、番号札発券機の発券ボタンを押して番号札をとると、そのままその場に立っていました。
京王観光のブースは昨年末に新しく改装した際に、待合い席をなくしてしまったのです。
気持ちが焦っていたので、スマホを見たり、本を読んだりする余裕はありません。
もちろん、その場から離れたところで待つ余裕もありません。
まるで監視するかのように京王観光のスタッフ4人を立ったまま見つめていました。
スタッフのうち3人は、それぞれ目の前のお客様と話し込んでいます。
しかし、1人のスタッフの前には誰も座っていませんでした。
あー?! 佐藤さん(仮名)だー
佐藤さん~!
次の番号札の人を呼び出してーーー
早くーーー
いつもだったら、混雑してる土日は遠慮して、すいてる平日にしか行かないけれど、もう余裕がないの~ 緊急なの~
ラメリックは心の中で叫んでいました。
ところが、佐藤さんはそんなラメリックの心の叫びなんてつゆ知らず、片手で受話器を持ち上げて、電話をかけ始めました。
こんなにたくさんのお客様が立って待っているのに、それ以上に急がないといけない用件なんて、ないんじゃないの~??
その電話、早く終わらせてよーー
そんな時に、携帯が鳴りました。
携帯を見ると京王観光からの着信です。
「嶋田さんですか?京王観光の佐藤です。来週の新幹線の時間を今日中に決めないと、新幹線のチケットの取り寄せが間に合いませんっ!」
「佐藤さん、実はわたしも先ほどそれに気付いて、今、番号札を持って佐藤さんの電話が終わるのをじっと待っていたんです。」
ラメリックは佐藤さんを見つめたまま電話で返事をしました。
「え…?」
佐藤さんは電話を持ったまま固まっています。
しばらくの沈黙のあと、意味が分かったのか、すごいスピードで辺りを見回しはじめました。
何往復か佐藤さんの視線がラメリックを通り過ぎた後で、やっとラメリックと目が合いました。
佐藤さんはびっくりしながら思わず笑いだしています。
佐藤さんのあまりの驚きように、ラメリックも笑いだしてしまいました。
笑いながら電話を切った佐藤さんは、驚いたからなのか、恥ずかしかったからなのか、顔が真っ赤になっています。
「いつからそちらに立っていらっしゃったんですか?
わたし、つい先ほど切符の予約がない事に気付いて慌ててお電話したんです~」
「ありがとうございます~。
実はわたしも、つい先ほど京王観光の看板が目に入って、来週の新幹線の時間を伝えてないことにに気づいたんですよ~
あわてて番号札をとって、ここで立ったままずっと待っていたんですー
そしたら携帯が鳴って、京王観光と表示されて、ビックリして出たら佐藤さんだったんですよ~(笑)」
あれから5日後の明日、京王観光に届いたチケットを受け取りに行きます。